火種は風にあおられて

気まぐれに書き殴る創作ノート。感想文や愚痴も。無礼だったり不愉快だったりしたときはすみません

八薙 玉造『異世界最強トラック召喚、いすゞ・エルフ』

 八薙 玉造『異世界最強トラック召喚、いすゞ・エルフ』(ダッシュエックス文庫)

 Twitterで話題になっていたので勢で読む。

 例えるなら、『Fate』シリーズに登場する宝具をイメージするといいのかもしれない。異なる世界の存在を召喚し自身の攻撃とする。同じく召喚系のスキルという意味で、イスカンダル(ライダー)の王の軍勢(?)一番派手なビジュアル的はあれが限りなく近い。

 ただし全部、いすゞのトラック!

 とにもかくにも、コミュ障JKといすゞのトラック(主にエルフ)が大暴れするお話。
 企画勝ちって言葉があるなら、本当にこれはそのままだと思う。ISUZUの許可を正式に取ってるもんだからなおさら強い。

 冒頭こそ、よくイメージされる異世界ものの要素にトラックをギャグっぽく組み合わせただけなのかとも思ったけど、全体を通じてツボを抑えてある作品だった。
 異世界もののセオリーに則りながらも、しっかり主人公の女子高生であるナギの成長の物語としても安定して読むことができた。
 野郎がいっさい出てこない15、6歳の女の子たちの努力――修行ほど過酷なものはないかもしれないけど、友情、勝利の物語であることは間違いない。ヒロイン(?)に該当する勇者アラシとナギの関係は、百合(過剰ではない)要素を好む人には琴線に触れるものがあるかもしれない。

 常時ネタっぽく扱い続けていたのに、むしろネタっぽくいすゞのエルフを扱い続けてきたからこそ、クライマックスのトラック無双はなかなかに爽快。ナギの心境が大きく変化した瞬間と相まって、悔しいけどグッときた。
 
 やりたかったこと(異世界でトラックが無双する、なのかな?)がシンプルでわかりやすい。昨今の異世界ものひな形として、お手本になるんじゃないかという印象。なんとなく、ガワだけ替えて習作っぽいことをしてみてもいい勉強になるのでは? と本気で考えてみたり。

 いわゆるなろう発信ではなく、新人賞経由で文壇に入ったけっこうなベテラン作家だということを知ったのは読み終えてからだけど、それはそれでなんとなく納得した。

「1週間でマスター 小説を書くための基礎メソッド―小説のメソッド 初級編」感想文

1週間でマスター 小説を書くための基礎メソッド―小説のメソッド 初級編

1週間でマスター 小説を書くための基礎メソッド―小説のメソッド 初級編

 

 かなりざっとくりと読み終える。

奈良裕明『1週間でマスター 小説を書くための基礎メソッド―小説のメソッド 初級編雷鳥社

 前回ブログの写真と表紙が違うのは改訂版かどうかということ。

 まず、小説とは何か? から始まって、文体やレトリックやてにをはなど、実際にテキストを書く段階になったときの技術的な話、それから推敲やリライトのために客観性を手に入れることが大切である‥etc.))

 三題噺のような課題ものもいくつか用意されてるけど、主に小説を書くための意気込みを大切にしようとか、心構え的なものが中心という印象。
 本当に本当に初めて小説――というより、物語を書くためのマニュアル本を探していた、という人にはいいのかもしれない。

 実際に小説を形にするためには、5日目のプロットの章まで読み進めなければならない。それもいきなり、小バコからやらされるっていう……。
 ハコガキは言ってしまえばプロット。ただ概要を最初から最後までつらつら書くだけでなく、段階を踏んで作業していくというイメージ。

  • 大バコ:物語の始まり、ふんわりした中盤、結末までをざっくり書く(2枚程度)
  • 中ハコ:大バコから、時間と場所、起承転結の展開を膨らませる(10枚程度)
  • 小ハコ:各シーンごとに場所・時間・登場人物・出来事・主な台詞を全て書き出す

 どちらかとていうと、映像系の脚本術なんかでよく見る手法なのかなと思う。シナリオスクールなんぞに通った経験のある人は、重要さをたたき込まれた人も多いかも知れない。物語を書くための大切な作業であることは間違いない。

 ただ、小ハコはハコガキの中でも一番先の作業。これが書けるならもうとっくに小説書いてるんじゃないか? と思ってしまう。

 知りたかったのは、そのハコガキの作り方であり組み立て方だったのだけどなぁ。

 それでも、書きたいシーンからハコガキで埋めていって、繋ぎのシーンを後付けで考える方法は大いにアリだとも思う。
 足りない要素、不要な要素を俯瞰的に眺める作業はやはり大切。

 これを読んでもっと物語の構成やらを突っ込んで知りたくなったら、シド・フィールドを読めばいいと思う。

映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術

映画を書くためにあなたがしなくてはならないこと シド・フィールドの脚本術

 

  こっちは小説ではなく、映画脚本だけど。

そろそろ小説を書いてみようと思い立ったので

 鉄は熱いうちに打てという。

 4月からちょっと仕事の環境が変わりそう。だったらついでに、何が新しいことに手を付けてみようと思い付いたのでタイトル。
 何年経っても無名ライターのままなのだけど、何年も経ったのだからこそ、そろそろいい加減やってみようかという気になっている。

 思うがままに物語を書いた経験は、記憶を掘り返してみても数えるほどしかない。
 ゲーム開発の現場近くにいるのがまずは大きな理由。なにせゲームやアプリの開発・運営は共同作業。まず企画がある。シナリオのためのフォーマットやルールが必ずあって、ディレクションがいる。フリーランスとなった現在は、クライアントの意向が何より最優先。そこにらしさを介入させる気にはなかなかなれないし、難しい。

 じゃあ、趣味はどうだ?
 情けない話だけど、一度物語を書いて金銭を得ることを覚えてしまった弊害なのか、金にならないストーリーを書く気になれなかった。
 わかってはいる。これは所詮言い訳なのだ。
 高い意識を持つ同業者や本当にやる気がある人なら、あれこれ環境に言い訳せずに小説家になろうカクヨムに小説を投稿している。怠惰で面倒くさがり。おまけに頭でっかちになりつつある、ウザい吝嗇家ときたもんだから笑えない。

 それでも創作メモやネタ帳は順調に冊数を増やしているから、自分の物語を書いてみたいという気持ちはずっとあるらしい。

 曲がりなりにも学生時代の受託制作やバイトを経て、ここまでゲームシナリオライターの肩書きでやってきたわけで。物語を書いた経験はそれなりになるし、たぶんそれなりのノウハウだってある……と思いたい。
 自称どの付く吝嗇マンだからこそ、これまで受けだダメ出しや、作業するうちに生まれたコツ、失敗だとか内省だとか。そういうものを真っさらな状態から全部使い切ってやりたい、という気持ちもどこかにあるのかもしれない。

 お金にならなくてもいい。とにかく、白紙に思うままに物語を綴ってみたい欲求が芽生えている。

 鉄は熱いうちに打てという。

 駆り立てるままに、なんとなくブログを書き切った。
 熱はまだ冷めていない。
 でも小説って何から始めればいいのかわからない。そもそも、自分の物語の始めかたがもはやよくわからない。 

 とりあえず、焦燥感に背中を押されるままにこの二冊を読んでしまおう。

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 いつか読もうと思って積み上げてるハウツー本の一部。
 この期に及んで一太郎なりポメラなりをすぐに開かないのががなんともヘタレ。
 さいわいにも気持ちはまだ熱い。今まで変化がなかったものだから、冷めないうちに何か少しでも形を変えておきたいのだ。

物語世界のLGBT(Q)

 ささやかに単発ドラマCDの仕事が決まりそうだ。

 とはいえしょせん短期の作業。先に失ってしまった11月分の作業の穴を埋めるにはまだ至らない。そんなこんな、作業に余裕があるものだから、海外ドラマをよく観ている。

 

 Netflix、Huluが流行出した(?)頃より、海外ドラマにハマっている。「最近の邦ドラは~」なんて、比較して貶めるようなつもりはさらさらないが、肌に合うというか趣味に合うというか、とにかく今は洋ドラがマイブーム。面白いのだ。
 公式的に日本で試聴可能な洋ドラは、海を渡ってくる以前にさんざん〝おもしろいふるい〟に掛けられ残ってきたものばかりなのだろうから、そりゃそうかという気もしているのだけど。

 

 最近、洋ドラを観ていて面白い面白くないを語るより目に付くことがある。LGBTの登場人物がやたらと多いのだ。しかも、メインキャストや重要人物ばかり。
 極めつけは、その登場人物に与えられた役割が、別にLGBTである必要がないということだ。

 

 これは偏見になるかもしれないのだが、記憶の限りだと、いわゆる〝オカマキャラ〟たちは〝変人だけど実はすごい実力者〟とかパーティーの中のコメディーリリーフ〟世間からは浮いてるけど、主人公にとっては良き理解者でありアドバイザー〟みたいなポジションを担っていたような気がしている。

 その作品世界における異質な人物というキャラクター付けが、なされていたのではないだろうか?


 ……っと、ここではっとなった。
 
登場人物に与えられた役割が、別にLGBTである必要がないということだ

 

 この思考そのものが、間違った認識だという警鐘を鳴らされているような、そんな気がしてしまったのだ。

 LGBT(いまは「Q」なるものも含めるのだろうか?)の運動が活発になったのはいつの頃からだろう?
 おねえタレントはバラエティや情報番組、お茶の間ではすっかりお馴染みになっているし、正直、有名タレントや海外セレブがLGBTのいずれかをカミングアウトしても「ふーん」くらいにしか思わなくなっているのも事実だ。
 過激でちょっと偏ってるフェミニストたち同様、セクシャルマイノリティを盾にやたらとポリティカル棍棒でぶっ叩いてくる連中には辟易することもあるけど、LGBTを自称する人たちに偏見や差別的な印象は持っていなかった。今のところ経験はないのだけれども、仮にもし同性の方から恋愛対象になったということを打ち明けられたとしても、深い関係になれないということを告げて、それで終わりだろうくらいにしか考えていない。
 もちろん友人関係であった場合、後腐れなくまた友人関係に戻れるかどうかは、そうなってみなければわからない。それでも差別的に接したり、その人を悪く吹聴するつもりは毛頭ない。

 

 ない、つもりだったのだけど……
 物語に登場するLGBTに何らかのキャラクターを期待しているあたり、やはりまだ〝普通でない異質な人たち〟という認識がぬぐえてないのかも知れないなと、ふとそんなことを思ったのだ。

 十代、二十代前半、平成生まれの若い世代たちは、物語におけるLGBTに何の違和感も抱かないのだろうか? 「ふーん、ゲイなのね」「ああ、レズビアンなんだ」くらいに流してしまえていることなのだろうか。それとも、そもそもそんなことさえ思わないのかもしれない。


 もしかしたら、表に名前の出ることのない仕事ばかりの売れないライターとはいえ、フィクションの創作に従事するからこそ抱いてしまった違和感なのかと思ったりもしている。
 
 セクシャルマイノリティ。もう少し勉強したり、考えたりする時間が必要なのかもしれない。
 いや、きっとこれはいい機会なのだろう。どうせ今月は懐が寂しくなるのだから、知識と見解だけでも豊にしておくべきだ。

はじまりはど畜生でちょうどいい

 何か新しいことを始めるきっかけってなんだろう?

 新入生、新社会人、あるいは新郎新婦として、何かしら新しい生活がスタートするとき? それとも、単純に嬉しいことがあったとき?

 

 私の場合は、当面の仕事を失ったとき、だ。

 

 零細ゲーム会社の勤務を経て、今現在フリーランスシナリオライターとしてご飯を食べている身である。

 スマートフォンゲームに関わることが多いものだから、ペンネームが表に出るような仕事はほとんどない。つまり、名前が売れる気配はちっともない。

 それでも、独立してから数年が経った今もなんとかやってこれているのは、ガラケー時代のソシャゲから始まりスマホゲーの隆盛時期に独立できたことが大きいと思っている。運が良かった。

 あとは、声をかけられたらとにかく何でもやってみるの精神もそれなりに効果があったのかもしれない。職務経歴書をクライアントに見せると「……いろいろやってきたんですね」と言われることが多いような気がしなくもない。良くも悪くもね。

 

 そんなこんなあって、来月から長期案件の話がまとまっていたのだ。半年そこらで終わるような案件ではないとのことなので、ぽつぽつと引き受けていた単発の仕事には「申し訳ないのですが」とお断りを入れたりなんぞしつつ、仕事の整理と片を付けながら準備をしてきた。

 立ち場の弱いフリーランスであるという自覚はある。だから頼まれた仕事を断ることはほとんどしたことはないものだから、我ながらなかなか勇気のいることだった。

 

 そして今日、来月からスタートする案件がグググーンと後ろにズレたという連絡がクライアント氏より入った。

 

 マジか……。

 

 本当、このひと言に尽きる。

 だって、来月のための営業は一切かけてないし、なんなら引き受ける予定だったものも腹をくくって「ごめんなさい」してきた身だ。もうどうしようもねぇよ。

 ちなみに、理由はおそらくIP元の準備不足。ある意味、私のクライアント氏も被害者なのだということをやんわり把握する。何より、クライアント氏が強烈に謝罪し倒してくるものだから、怒るに怒れない。そもそも怒る度胸もないのだけれども……。

 

 今日、当面の仕事を失ったうえに、スケジュールは真っ白になった。明日からどーすりゃいいんだとか、収入の心配とか考えたら胃が痛む。

 

 だからふと、今日でいいかなと思ったのだ。

 何か新しいことを始めるきっかけが、とんでもなく最低でど畜生みたいな日でもいいんじゃないか、と。

 

 特別ここに何を書くかなんて決めてない。

 だけど、これ以上事態は悪くならないだろうから、イイコトを綴れる機会も多くなるんじゃないかって、そんなささやかな期待を込めながらはてなブログを始めようと思う。